2011年11月24日

シドモア桜の会 墓前祭

111103-scidmore-tomb.JPG

日米友好の証として日本の桜を自分の祖国アメリカに植樹するのに多大な尽力をした旅行作家エリザ・シドモア女史の命日にあたる去る11月3日、同女史の遺骨が埋葬されている横浜外国人墓地にて墓前祭がしめやかに執り行われた。

墓前祭の主催は「シドモア桜の会」という団体によるもの。類似した名称の団体とよく混同されてしまうが、この「シドモア桜の会」こそが、シドモア女史と彼女が愛した日本の桜のアメリカで植樹された史実の研究においてはわが国で第一人者である。従って、私がメンバーになっている「シドモア桜100周年・里帰りを喜ぶ市民の会」とは別であることを、ここで改めて強調しておく。

本家である「シドモア桜の会」は、シドモア女史の尽力によってアメリカに日本の桜が植樹されて100周年となる来年2012年には発足25周年を迎えるほどの歴史ある組織。桜を通じた日米友好の礎を築き上げたシドモア女史の功績に関する直向な研究成果をベースに、彼女の足跡を史実として広く正しく認識してもらうための活動を続けている。一方の「シドモア桜100周年・里帰りを喜ぶ市民の会」とは、来年の桜寄贈・植樹100周年を単発的に祝うことを主たる目的としており、原則的には来年の春に迎える100周年を過ぎれば消滅する運命にあるグループである。

111103-scidmore-picbook.JPG

アメリカでは、シドモア女史の話をベースにした絵本も販売されているという。


【参考記事】
 http://epistles.seesaa.net/article/236580252.html
 http://epistles.seesaa.net/article/228833309.html
 http://epistles.seesaa.net/article/228496981.html
 http://epistles.seesaa.net/article/227892348.html
 http://epistles.seesaa.net/article/186757849.html
 http://epistles.seesaa.net/article/185753775.html


posted by 小津 杉三 at 06:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

シドモア桜100周年・里帰りを喜ぶ市民の会 100日前交流会



来年2012年は、今から99年前の1912年、アメリカ人旅行作家・エリザ・シドモア女史とアメリカで「近代バイオテクノロジーの父」として知られる日本人科学者・高峰譲吉博士の情熱と尽力によって、日米友好のシンボルとして日本の桜がアメリカに贈られ、首都ワシントンDCを流れるポトマック河畔に植樹されてから、ちょうど100年目という大きな節目にあたる。

夜になると私もよく出没している野毛で産声を上げた「シドモア桜100周年・里帰りを喜ぶ市民の会」では、去る9月30日開催の第1回交流会に続き、実際に植樹された3月27日から起算して100日前にあたる12月18日(日)、100日前カウントダウンのイベントして、シドモア桜に縁のある団体・機関や地方自治体の関係者を交えての交流会を次により開催することとなった。

本市民の会の趣旨に賛同される方、本カウントダウン交流会に興味のある方、通りすがりの善良な市民の方は是非。


日時:
 2011年12月18日(日) 正午〜午後2時

会場:
 横浜メディア・ビジネスセンター 1階(横浜市中区太田町2-23)

定員:
 200名(先着順)

形式:
 立食ビュッフェ

参加費:
 お一人当たり3,000円(要事前振込み)

振込先:
 ゆうちょ銀行
 ・口座名義…シドモア桜100周年里帰りを喜ぶ市民の会
 ・口座記号・番号…00280-2-54082

参加申込先:
 本市民の会 事務局(ikuko.tomonari (at) gmail.com)

申込・振込期限:
 来る12月12日(月)まで


なお、本カウントダウン交流会の最後のプログラムで、横浜市歌をモチーフにした「アラメヤ音頭」を参加者全員で踊ります。老若男女が入り乱れて、否、年齢性別関係なく、皆で楽しく踊ります。振り付けは冒頭の動画をご参照ください。この動画は、本市民の会が発足した設立総会(今年3月27日開催)開催後の余興として、出席者による演舞を行ったものです。

また、本市民の会では、来年の100周年記念行事の一環として、毎年桜が咲く時期に合わせてアメリカのワシントンDCで開催されている「全米桜祭り」にも参加し、アラメヤ音頭をアメリカ市民の前で踊ります。成田空港までの国内交通費を除き、個人的な飲食代、オプションツアーへの参加費、燃料サーチャージ等を含めて、旅費は全体で40万円前後になる見込み。野毛関係者や市民の会のメンバーでは、既に数十名が参加の意向を示している。私も会社サボって行こうかな。。。


【参考記事】
 http://epistles.seesaa.net/article/228833309.html
 http://epistles.seesaa.net/article/228496981.html
 http://epistles.seesaa.net/article/227892348.html
 http://epistles.seesaa.net/article/186757849.html
 http://epistles.seesaa.net/article/185753775.html


posted by 小津 杉三 at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

下田温泉旅情-4(温泉)

110802-shimoda-furo (1).JPG

旅の疲れを癒すのは、何といっても温泉であろう。ここには少人数用の貸切風呂がいくつもあり、いちいち予約しなくても、空いていればいつでも好きな風呂を選んで入ることができる。

身体をゴシゴシと洗い流し、ザブンと湯船に浸かりながら、「♪い〜ぃ湯だなっ」と口ずさむ。まさに、至極のひと時。

posted by 小津 杉三 at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月15日

山梨県立リニア見学センター

110503-yamanashi linear visitor center (1).JPG

110503-yamanashi linear visitor center (2).JPG

リニアモーターカーなる乗り物の名前を耳にして、かれこれ何年になるだろうなどと頭の中で計算してみる。まだ新幹線が健在だし、開発や土地買収に時間がかかって、いまだに実現化されていないのだろうか。

ただ、狭い日本で、あれほどのスピードで陸地を駆け巡ることが必要なのだろうか、とした疑問がふとわいてくる。低騒音で低公害ではあるだろうが、その分の土地の緑が犠牲になるのだから、結局のところはどうなのだろうか。その辺のことは専門家のご意見をお伺いしたいもの。

写真は山梨県にある県立リニア見学センターにて撮影したもの。

posted by 小津 杉三 at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月05日

「SAKURA SAKURA 幸せの架け橋」

111002-sakurasakura-cd.JPG

市川徹監督の映画「TAKAMINE 〜アメリカに桜を咲かせた男〜」の主題歌「SAKURA SAKURA」のCDジャケット。飛び出す絵本のような作りになっていて楽しませてくれる。作詞と作曲は、初代かながわ環境大使や小田原ふるさと大使として知られるシンガーソングライターの白井貴子氏。

この映画は、1912年に日本の桜をアメリカに贈る際にアメリカ側で尽力した人物でもある高峰譲吉博士の半生を描iいている。高峰博士は「タカチアスターゼ」や「アドレナリン」を発見した日本人化学者で、単身アメリカに渡って大成功を収めた人物として、日本よりもむしろアメリカでの知名度が高い。製薬会社の三共(現在の第一三共)の初代社長でもある。

来年の日米桜交流100周年に向けて、これから「日米」「桜」「ポトマック」「ワシントン」「タイダル・ベイスン」「シドモア」「高峰譲吉」「」といったキーワードが頻繁にネット上でも登場するだろう。。。


【参考URL】
http://www.youtube.com/watch?v=sA9d2y_D3zA&feature=player_detailpage
http://j-takamine.com/
posted by 小津 杉三 at 10:53| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月03日

シドモア桜100周年・里帰りを喜ぶ市民の会 交流会

110930-scidmore-reception.JPG

去る9月30日(金)、横浜メディア・ビジネスセンターにて、シドモア桜100周年・里帰りを喜ぶ市民の会による交流会が開催、来年の春に100周年を迎える日米友好の架け橋ともなったシドモア桜の寄贈・植樹100周年に向け、機運を大いに盛り上げた。

この市民の会は野毛で産声を上げたが、交流会には野毛ラーと呼ばれる飲兵衛の姿はほんの僅か。当日は110名を越える市民が集ったが、私の拙いブログの読んでくださる2名の貴重な読者から、「あのぉ、小津さんですか?」と呼び止められるに留まった。

会の最後には横浜市歌をモチーフにした「アラメヤ音頭」が流され、参加者全員がハッピをまとって大円舞を楽しんだ。

あっ、写真の向こうに、小生の姿が…。


【シドモア桜市民の会ホームページ】
http://scidmore.nogehanahana.org/

【参考記事】
http://epistles.seesaa.net/article/227892348.html
http://epistles.seesaa.net/article/186757849.html
http://epistles.seesaa.net/article/185753775.html


posted by 小津 杉三 at 01:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月28日

「シドモア桜100周年・里帰りを喜ぶ市民の会」交流会

私が夜な夜な出没している野毛で産声を上げた「シドモア桜100周年・里帰りを喜ぶ市民の会」では、来年2012年春に迎えるシドモア桜寄贈・植樹100周年という大きな節目をおよそ半年後に控えた今月の下旬、本会や関連団体をはじめ、広く一般市民の皆様との交流の輪を広げことを目的に、交流レセプションを開催します。

このシドモア桜というのは、植物学上で分類されている桜の種類ではありません。今から99年前の1912年、日本の桜の美しさに魅了された一人のアメリカ人女性旅行作家エリザ・シドモアという人物の名をとって名づけられました。シドモア女史は、日本の美しい桜を、母国アメリカにも植樹したいという、当時としては大それた夢を持っていましたが、当時の大統領夫人と懇意であったことから、その夢物語が外交ルートに乗り、1912年3月27日、首都ワシントンDCを流れるポトマック河畔に約3千本が植樹されました。来年2012年はそのシドモア桜の寄贈・植樹100周年にあたるわけです。

シドモア桜についての研究は、シドモア女史の遺骨が埋葬されている横浜外国人墓地のある横浜山手を拠点に活動を続けている「シドモア桜の会」という本市民の会とは別の団体が、わが国での第一人者として知られています。シドモア桜の会の代表にもいろいろとご教示をいただきながらシドモア桜の歴史を勉強し、そして広く一般市民と共に来年の100周年を祝おうというのが、市民の会の趣旨となっています。

本市民の会は、私も会社帰りに一杯立ち寄る野毛に事務局を構えており、いろいろな職業やバックグランドを持った方々が所属されています。医師や市会議員、家庭の主婦、さらには大会社の役員から私のような薄給サラリーマンまで、さまざまな価値観をもった人たちの集まりです。

100周年を約半年後に控えた今月の30日(金)、地元メディアを代表する神奈川新聞社やテレビ神奈川が入居する横浜メディア・ビジネスセンターにおいて、一人4,000円の会費で交流会が開催される運びとなっています。多くの市民と共に、大いに盛り上がる会になれば幸いです。

当日は立食が基本。年配者のために椅子も多少は用意されます。私も本市民の会のメンバーなので、レセプションへの参加の申し込みをし、大いに交流を深めたいと思います


【シドモア桜市民の会ホームページ】
http://scidmore.nogehanahana.org/

【参考記事】
http://epistles.seesaa.net/article/186757849.html
http://epistles.seesaa.net/article/185753775.html

posted by 小津 杉三 at 09:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月11日

米国9.11同時多発テロから10年

110911-wnn-9.11.jpg

東日本に未曾有の被害をもたらした3.11の東日本大震災が発生して半年となる今日。9.11のアメリカ同時多発テロからちょうど10年目という大きな節目ともなる。その間、世界各地で平和を考える集会が開催されてきている。

ウサーマ・ビン・ラーディンが殺害されたことで多くの米国市民から歓喜が溢れたという歪曲報道を、残念ながら多くの日本人は鵜呑みにしてしまっている。仕返しこそが本当の意味の平和を創りだすことにつながると多くの米国市民が本気に考えているとするならば、署名すらない日米同盟といった言葉だけのお約束事はなかったものと、今すぐにでも反故にすべきではないだろうか。

「目には目を、歯には歯を」の真意を今一度考えてみるべきではないだろうか。それを「やられたらやりかえせ」の意味だと疑いもなく信じて止まないのであれば、あまりに悲しいし、東日本で被災した同胞の苦しみでさえ対岸の火事として済まされてしまうことは容易に想像できる。言葉では否定しつつも、結局のところ暴力は暴力でしか解決できないと信じている、と表明したも同然である。


posted by 小津 杉三 at 20:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月09日

APEC・CEOサミット交流会

101112-apecceoreception (1).JPG

今さらながら、ではあるが。。。

2010年日本APECのクライマックスを迎えたリーダーズ・ウィーク最終日の前々日となる昨年11月12日、APEC最高経営責任者(CEO)サミットのビジネスリーダーズ交流会(要するにレセプション)が横浜の大さん橋ホールにて開催。

冒頭、主催者や来賓の挨拶があったのだが、挨拶をする他の登壇者がいずれも英語で行うことを直前に知り得たためなのかどうかは不明だが、横浜市の林市長も英語の挨拶にて歓迎の意を表した。市長が英語の原稿を一生懸命に朗読する姿を目の当たりにし、一種の感動すら覚えた参加者もいたのではないだろうか。

関係者として本交流会だけ出席させられたのだが、私は連日の立ち仕事でか弱い脚は棒と化してしまっている。立食のレセプションのため床にしゃがみこむ訳にもいかず、作り笑顔をしながら関係者と名刺交換・談笑に興じる。まさか、この4ヵ月後に東北関東大震災に見舞われるとは、当然ながら誰一人と想像すらできない。

101112-apecceoreception (2).JPG

脚の疲労が頂点に達したので、裏口からそっと中座させていただく。
posted by 小津 杉三 at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

FNN報道特番での女性キャスターからの質問に違和感

フジテレビで放映されている「FNN報道特番」で震災関連のニュースが続いているが、同番組に登場した女性キャスターが12時40分ごろに発した質問に大いに違和感を覚える。

場面は被災地の一つでもある気仙沼市で現地入りしている男性レポーターとの生中継会話。男性レポーターが画像の解説をしながら現地の状況を報告を続けている。

女性キャスターは被災地を歩く2名の姿が映っていた数秒前の場面まで巻き戻させ、この人たちは助けを求めている人なのでしょうか、と実に気の利いた質問をおもむろに投げかける。男性レポーターに対し、そんなところに突っ立っていないで助けに行けよ、とあたかも正義感溢れる人格者の仮面を被ったような物言い。

答えに窮したのか、男性レポーターは一瞬の間を取りながら、恐らくは避難所で過ごしている人たちが自分の住居なり店なりの現状を確認しに一時的に戻ってきている人たちなのではないかと思う、と自分の考えを冷静に伝える。

画像の遠くにたまたま歩く姿が映っていた2名をピンポイントで指し、これら2名は助けが必要な人なのか、と質問することに何の意味があるのか。番組での自分の存在感ほしさに、思わず取って付けたような質問をてしまったのに違いない、と視聴者によってはそう思われてしまっても、反論の余地はなかろう。

これだけの規模の震災なのだから、レスキュー隊や報道関係者でない限り、現地で映像に映っている人たちは程度の差こそあれ、実質的にはほぼ全員が被災者で助けを求めている人たちである。避難所に辿り着いた人だって、身内の心配があり、心の支えも必要である。皆、助けと救いを必要としている。この女性キャスターにはそれが理解できていない。

先ほどの間抜けな質問は、歩行者天国を映した画像のなかである一人の中年サラリーマンを指差し、この男性が抱えるストレスは会社が原因でしょうか、それとも家庭環境からくるものでしょうか、と質問するのと同レベルのものである。

とは、言いつつも、生中継なので編集ができないところが泣き所か。
posted by 小津 杉三 at 13:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

2011年東北地方太平洋沖地震

3月11日(金)午後2時46分頃に三陸沖で発生した大規模な地震によって、多くの尊い命が奪われた。今も行方不明になっている多数の人たちの安否が気がかりである。

震源地から離れているとはいえ、私が住む横浜でも震度5程度の揺れを感じた。ビル管理センターから全員ビルの外に退去するよう指示があったので、職場の全員がとりあえず外へ。携帯電話だけをもって、とりあえずワイシャツ姿のままで寒空の外に出てみると、役員や上層部は既にコートを羽織り、挙句にカバンをかかえていつでも帰宅可能な準備澄み。

事務所内の書棚等からはファイルというファイルが落下し、書棚自体も崩れ落ちており、危うく下敷きになるところに。もっとも、私など下敷きになったとしても、自力で這い出してくるであろうということで、きっと誰も助けてはくれまい。

地震発生からだいぶ経ってから、社員に対して帰宅の許可がおりた。「希望する者は帰宅しても構わない。ただ、JR線、みなとみらい線、東横線、横浜市営地下鉄等の公共交通手段は断たれているので、帰宅手段については各自責任をもつように」とのお達し。何とも社員思いな上層部の言葉をそのまま伝える庶務係長。で、上層部へはタクシーチケットをそれとなく手渡す。

5時近くになって会社を後にした私は、帰りの手段が全く途方にくれながら、野毛へと足を運ぶ。焼鳥屋の暖簾をくぐり、いつもの席へ。

私:「マスター、生きていらっしゃいましたかぁ。。。」
主人:「へぃ、この店は大丈夫です」
私:「あぁ、よかった」
主人:「ささ、どうぞお席へ」

セセリ、ササミ、肉団子(つくね)などをいただきながら、芋焼酎をロックであおる。途中で日本酒に切り替え、さらに杯を重ねる。

焼鳥屋の次は、創作燻製料理「一菜」へ。燻刺盛り合わせでホッピーをいただき、軽く一眠り。
posted by 小津 杉三 at 11:19| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月19日

ポトマック桜の生みの親、シドモア女史の墓参り

101130-yokohamaforeigncemetry-scidmore (4).JPG

来年2012年に100周年という大きな節目を迎える日本からアメリカへの桜寄贈・植樹に貢献したアメリカ人女流紀行作家のエリザ・シドモアが眠る横浜外国人墓地へ行き、墓石の周りに植えられているポトマック河畔から里帰りした桜のクローンなどについての説明を受ける。

この墓には、駐横浜アメリカ総領事として勤務していた兄ジョージと母親の遺骨も一緒に埋葬されている。エリザ本人と兄ジョージは両名とも生涯独身でいたため、シドモアの家系は3名の死去とともに途絶えている。

横浜を愛し、日本を愛し、そして桜の美しさを何よりも愛したエリザ・シドモア。彼女の尽力によって、約6千本の桜の苗木がアメリカに渡り、そしてその半数の約3千本が首都ワシントンDCを流れるポトマック河畔に植樹されている。当時の植樹式には、エリザの友人で、時のタフト大統領夫人・ヘレンと珍田駐米日本国大使夫人とが参列し、実際にスコップか何かでもって植樹している。

来年の100周年記念に向けて、今、野毛地区を中心に市民の力が結集されようとしているほか、横浜市行政としても公式行事としてイベントの企画を進めることになるであろうという、大きな2つの動きがある。こと対米関係に関して今の林市長は高い関心を示していることだが、いずれにせよ、市民と行政とが無駄に重複しあうことなく、互いに情報交換を進めながらより有意義なものとなるよう切に祈る。

<参考記事>
シドモア桜を横浜から盛り上げよう
posted by 小津 杉三 at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月14日

シドモア桜を横浜から盛り上げよう

110202-scidmore-burishabu.JPG

今から99年前の1912年、日本の桜に魅了された一人のアメリカ人紀行作家のエリザ・シドモア女史の尽力により、日本の桜がアメリカの首都ワシントンDCに寄贈・植樹された。いわゆる、ポトマックの桜といえば、多くの横浜市民は耳にしたことがあるかもしれない。

ただ、この桜の寄贈・植樹も、表向きは時の尾崎東京市長からの贈り物としての側面が強調されているが、別に当時の行政が経費を捻出してくれたわけでもなんでもない。実際にはこのシドモア女史のたゆまぬ努力と桜への情熱、そして、アドレナリンやタカヂアスターゼの発見者で製薬会社として有名な三共の初代社長でもある高峰譲吉博士による資金提供などがあってこその話である。

無論、この2名の力だけではなく、今や横浜を代表する園芸の会社として知られる横浜植木や、アメリカまでの輸送コストを負担した日本郵船などの協力がなくしては、日米友好の証ともなった桜の寄贈・植樹は単なる夢物語に終わっていたに違いない。ただ、一つ言えるのは、「アメリカにも日本の美しい桜を植えたい」という熱い願いを、シドモア女史が時の大統領夫人で友人でもあるヘレン・タフトに訴えかけたことが、夢を実現化させる外交ルートに乗せる大きな要因であったことには変わらない。

従って、来年はシドモア桜の寄贈・植樹100周年と相成るわけで、横浜市行政のみならず、野毛や伊勢佐木の有志たちがこの来年の100周年をお祝いし、わが国の開国・開港と日米交流の舞台ともなった横浜を盛り上げるべく、市民レベルでの力を合わせながら結束を固めている。この100周年については外務省でも周年事業の一つとして位置づけており、横浜市としては別途、何らかの形で記念事業を展開していくに違いない。先日、横浜の林市長をとある会合にお招きした際、市長は横浜市としても前向きに取り組んでいく構えである旨の発言をメディア関係者の前で行っている。

いずれにせよ、来年は「桜」「横浜」がキーワードになろう。シドモア桜を市民レベルでお祝いする実行部隊は野毛地区合同利用施設として横浜開港150周年にあたる2009年にオープンした「野毛Hana*Hana」を拠点に活動を展開している。野毛もまた、来年は大いに盛り上がりを見せるかもしれない。

冒頭の画像(携帯カメラ)は、野毛Hana*Hanaにおいて、シドモア桜に関係する会合に引き続き開催された「ぶりしゃぶ」の懇親会。シドモア桜とブリ、何の関係があるのかですって?このブリは富山の氷見産のもの。高峰譲吉博士は富山出身として知られる。それに、神奈川県と富山県はとっても仲のよい県同士。知事同士も仲が良好という。氷見の料亭から料理人を招聘し、この日のために氷見の寒ブリを振舞ってくださった。私もお相伴に与ることに。地酒の立山と一緒に。
posted by 小津 杉三 at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月03日

フランス銘菓の土産

フランス銘菓の土産

100720-frenchsweets.JPG

フランスでも老舗のスウィ〜ツの老舗の本店にて買い求めたという土産を頂戴する。

基本的にスウィ〜ツ系を口にしない私としては、これをどんな料理に使えるのかと一瞬考えてしまう。煮込みにはダメだし、から揚げでもダメ。となると、そのままアールグレーと一緒にいただくしかなさそう。

ということで、早速、湯を沸かし、紅茶と共にいただくことに。一口かじると、日本人の味覚からするとかなり「個性」溢れる味わい。しかし、慣れてくればそれもありかもということで同じスウィ〜ツの仲間として受け入れられる気がしてしまうから不思議だ。
posted by 小津 杉三 at 21:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月12日

三田共用会議所

100314-mitakaigisho.JPG

東京の港区のにある三田共用会議所にて外務省関係の会合があったので、横浜からえっちらおっちらと向かう。

中央省庁が共同で使用する目的で建造されており、内部もそれなりの装い。1993年竣工で、まさにバブル期の遺産。
posted by 小津 杉三 at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月02日

劇映画「いのちの山河 〜日本の青空U〜」

100313-inochinosanga.JPG

岩手県内陸の山間部にあった旧沢内村(現在は合併して西和賀町)は、標高1,000m級の山々に囲まれた豪雪地帯。目だった産業はなく、また長いこと無医村であったため、貧困と多病という大きな問題を抱えていた。

この劇映画は、そんな沢内村を愛した一人の村長が主人公。村民の命のために立ち上がった村長は、憲法25条を盾に1961年、国に先駆けて乳児医療費や老人医療費の無料化を実施したり、1962年の年間の乳児死亡率ゼロという全国初の偉業を成し遂げた。偉大な村長の少年期から村民から惜しまれながら病死するまでの間の人生がダイナミックに描かれている。

わが国のリーダーたちに是非とも一度は鑑賞願いたい作品。
posted by 小津 杉三 at 01:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

2010年、明けましておめでとうございます

100101-osechiryori.JPG

昨年を振り返ると、激動の一年だったと言えよう。アメリカにとって初の黒人系大統領となる小浜市、じゃなくてオバマ氏が就任した。アメリカの大統領は女性が先か黒人が先かなどと言われていたが、黒人系が先を越した。核のない世界への期待もあったが、アフガンへの増兵を宣言した途端にイメージダウン。

一方、日本では、民主党が圧勝する政権交代があった。自民党の長期政権がやっと幕を閉じたと思えば、一般的な国民の感覚を遥かに超えた金銭感覚の持ち主が首相となり、わが国の政治の舵取りを行っている。自分のお金をどうしようと勝手だが、今度は最近の過去において成し得なかったレベルの経済成長率を目指すと言い出す始末。言うのは容易いが、それだけの経済政策について明るい人物なのか。

今年は日米安全保障条約改定50周年。「日米関係」とか「日米同盟」とか騒がれているが、両国をつないでいる法的根拠となるのは、日米安全保障条約という軍事条約だけ。日米同盟といったところで、単なる紳士協定的なものに過ぎない。これだから、日本はアメリカの属国だ、51番目の州に過ぎない、といった発言をする者が後を絶たない。

こうしてみると、今年は日本にとって一つのターニングポイントとなる年なのではないだろうか。特に国レベルでは、アジアや太平洋地域における持続的な成長に向けて日本がどのような役割を果たしていこうとするのか、どのような具体策があるのか、アジアをはじめとする各国は大いに注目することであろう。その代表的なものがアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議の日本開催だ。

日本にとって15年ぶりとなる同会議は、今年の秋、こともあろうに横浜で開催される。この会議が横浜で開催するという意義はそれなりにあるが、開催することだけで自己満足せずに、その後の政策にキチンとつなげる仕事をしてもらいたいもの。横浜を世界にアピールしたところで、それは単に首長の自己満足にしかならない。単なる売名行為に終わらせないような会議開催について、関係者は検討を重ねなければならない。

で、私だが、実は年末から体調を崩し、寝たきり状態の年越しとなったわけだが、まもなく仕事始めとなるため寝てばかりはいられない。気だるさを我慢し、実家へと向かった。そう、お節料理を馳走になるため。

宅配のもの、ご近所のおすそ分け、老母の手作り、私が持参したものを合わせ計4種類の出所のものが一堂にテーブルに並ぶ。大吟醸で乾杯をし、新年を祝う。

また、今年もどうぞよろしくお願いします。
posted by 小津 杉三 at 17:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月03日

夕暮れ

091121-sunset.JPG

何か物悲しい気分に浸りたいときに夕暮れを眺める午後のドラマなどはたくさんあるだろうが、本来、夕暮れは私の定義によれば、力を与えてくれるものとなる。

「私の定義」に何か根拠があるのかと訊ねられれれば「何もない」と答えざるを得ないが、それは実験的に実際の夕暮れの太陽を眺めてみれば答えは自ずと見えてくるというもの。要するに、自分が力づけられたと思えれば、ただそれだけで良い。自分で力強さを探すという強がりもあろうが、時には自分の弱さも見つめ直す素直さも大切かも知れぬ。
posted by 小津 杉三 at 07:18| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

そういえば「開国博Y150」はとっくに閉幕

090927-y150-spider-invisible.JPG

企画の段階では開港150周年を記念する単なる「イベント」としてのイメージだったが、いつのまにか「博覧会」などという仰々しいものに「格上げ」されて開催された「開国博Y150」。集客力に欠けていたことで、結果として大きな赤字を抱えてしまうことに。

誰が責任を取るのかという議論も起こり、水面下では責任の擦り付けが活発化しているのではないかと感じてしまう。全体を統括した前市長なのか、前市長の後を追うように退任した本事業を担当した前副市長なのか、後任の新市長なのか、それとも役所、団体、企業からの「寄せ集め」で作られた財団法人が責任を負うのか、今ひとつはっきりとしていない。

今回の大赤字は決して予想外なことではない。会場内に一歩足を踏み入れれば、この内容で収益を期待できるはずがないということは誰の目にも明らか。どうして、会期中に何かしらの手をうとうとしなかったのか。手を打った結果が数十億円の赤字で済んだということなのだろうか。その辺のことは全く不明。

入場券を当日買うと2千円以上するものなのだが、会期の後半ではチケットショップで500円程度で販売されていたとの噂も耳にする。チケット価値の下落の背景には、当然ながらイベントの質というものがある。それが市民や観光客に受け入れられなかったということ。

何はともあれ、普通のルートで入手した入場券があったので、市民として一目だけでも見学をしておかなければということで、入場してみることに。冒頭の写真は、今回の博覧会の唯一かつ最大の目玉である巨大蜘蛛。「一匹」で5億円もの巨額が投じられているという。さすがに人だかりでよく見えない。一目、蜘蛛を見ようと隣で懸命に背伸びをしてバランスを崩したご夫人らにドンケツされて、前で撮影していた若人の画面がファインダーに入ってしまう結果に。

090927-y150-spider.JPG

ちょっと横にそれると、ぐんと混雑がなくなる。なるほど、建設重機の構造をベースに製造されているであろうことが丸見えになっている。複数の作業アームを絡ませずに操縦することができれば、それが蜘蛛に似た動きとなって観るものに一種の感動を与える。

090927-y150-spider-crews.JPG

蜘蛛を操縦するクルーたち。真剣な表情と素敵な笑顔が印象的。この蜘蛛は子供たちに大人気。長い間、お疲れ様!
posted by 小津 杉三 at 06:12| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月27日

ロックバンド「siloam」による生ラジオ放送

090926-siloamradiolog.JPG

昨晩、横浜の野毛のバーを本拠地に音楽活動を展開しているロックバンド「siloam」による生ラジオの最終回が放送された。ラジオとはいっても、FMやAMのようなラジオ局から電波で流されるものではなく、特殊なプログラムを使ってインターネット上で自宅から配信することができるというもの。

画面のあるボタンをクリックするだけで、別ウィンドウにてバンドメンバーや視聴者と共にチャットを楽しめるほか、無論、実際のトークや音楽も聴くことができる。要するに、視聴者が普通のラジオのように音声を一方向で受信しながら、配信者であるバンド側との間でチャットを通じたリアルタイムの交流も図れるというもの。

チューナーで周波数を合わせる従来型ラジオのイメージしか持ち合わせていないAV・ネット音痴の私にとって、今時の表現を借りるならば「ありえねぇ〜」という以外に反応のしようがない。現代の技術は凄い。IT関連に疎い私としては、今後、少しは話題に付いていかれるよう、少しは勉強しなければと思い始めた次第。

今回は最終回ということもあってか、いつもより多い14名ほどの参加(視聴)があったという。いわゆる「荒らし」といわれるような不合理なメッセージの送信などを含めた迷惑行為を行う者など皆無。siloamを愛する視聴者が皆、高いマナー意識をもって参加していることを十分に裏打ちしていることに他ならない。初心者の私としても安心してチャットに参加することができる。

ラジオは今回で最後となるが、今後は生テレビなるものを中心に配信されるという。楽しみがまた1つ増えた。

え?「お前なんか『はいはい』『なるほど』『ふむふむ』の4文字平仮名しか打ててないじゃないか」ですって?私にはチャットの経験があまりありませんので、まぁ、当面は慣れるまで温かく見守っていただければ幸い。
posted by 小津 杉三 at 09:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。