2011年02月14日

シドモア桜を横浜から盛り上げよう

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今から99年前の1912年、日本の桜に魅了された一人のアメリカ人紀行作家のエリザ・シドモア女史の尽力により、日本の桜がアメリカの首都ワシントンDCに寄贈・植樹された。いわゆる、ポトマックの桜といえば、多くの横浜市民は耳にしたことがあるかもしれない。

ただ、この桜の寄贈・植樹も、表向きは時の尾崎東京市長からの贈り物としての側面が強調されているが、別に当時の行政が経費を捻出してくれたわけでもなんでもない。実際にはこのシドモア女史のたゆまぬ努力と桜への情熱、そして、アドレナリンやタカヂアスターゼの発見者で製薬会社として有名な三共の初代社長でもある高峰譲吉博士による資金提供などがあってこその話である。

無論、この2名の力だけではなく、今や横浜を代表する園芸の会社として知られる横浜植木や、アメリカまでの輸送コストを負担した日本郵船などの協力がなくしては、日米友好の証ともなった桜の寄贈・植樹は単なる夢物語に終わっていたに違いない。ただ、一つ言えるのは、「アメリカにも日本の美しい桜を植えたい」という熱い願いを、シドモア女史が時の大統領夫人で友人でもあるヘレン・タフトに訴えかけたことが、夢を実現化させる外交ルートに乗せる大きな要因であったことには変わらない。

従って、来年はシドモア桜の寄贈・植樹100周年と相成るわけで、横浜市行政のみならず、野毛や伊勢佐木の有志たちがこの来年の100周年をお祝いし、わが国の開国・開港と日米交流の舞台ともなった横浜を盛り上げるべく、市民レベルでの力を合わせながら結束を固めている。この100周年については外務省でも周年事業の一つとして位置づけており、横浜市としては別途、何らかの形で記念事業を展開していくに違いない。先日、横浜の林市長をとある会合にお招きした際、市長は横浜市としても前向きに取り組んでいく構えである旨の発言をメディア関係者の前で行っている。

いずれにせよ、来年は「桜」「横浜」がキーワードになろう。シドモア桜を市民レベルでお祝いする実行部隊は野毛地区合同利用施設として横浜開港150周年にあたる2009年にオープンした「野毛Hana*Hana」を拠点に活動を展開している。野毛もまた、来年は大いに盛り上がりを見せるかもしれない。

冒頭の画像(携帯カメラ)は、野毛Hana*Hanaにおいて、シドモア桜に関係する会合に引き続き開催された「ぶりしゃぶ」の懇親会。シドモア桜とブリ、何の関係があるのかですって?このブリは富山の氷見産のもの。高峰譲吉博士は富山出身として知られる。それに、神奈川県と富山県はとっても仲のよい県同士。知事同士も仲が良好という。氷見の料亭から料理人を招聘し、この日のために氷見の寒ブリを振舞ってくださった。私もお相伴に与ることに。地酒の立山と一緒に。
posted by 小津 杉三 at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感手記-社会・政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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